X Japan Rocks New York – HEATH

X JapanのベーシストHEATH ベースを手に国境を越え、夢を実現 TJ: 音楽を始めたきっかけについて教えてください。 HEATH: 子どもの頃から音楽が好きで、家庭の中に常に音楽が鳴ってる状況だったんですね。というのは、僕の家には楽器がちょこちょこ転がってたり。やり始めたのは、小学生の四年生ぐらいの時かなぁ。出身は兵庫県です。 TJ: X Japan加入のきっかけは? HEATH: 大阪の方で、バンドを組んでまして、で、僕が21歳の時に、東京に出てバンドをしようっていう決心をしたんですね。で、ちょうど僕の知り合いの方がHIDEさんとすごく交流のある方で、そこでHIDEさんを紹介してもらったんですね。僕は東京でバンドを作って違うバンドをやってたんですけど、ある時HIDEさんから電話がかかってきて。東京出て来て2年ぐらい経った時かな。「ちょっとスタジオ来て音出ししてみない?」っていう風にお誘いを受けたんで、Xの曲を5曲ぐらいコピーをして、スタジオに行ったんですね。で、その時は加入してくれとかそういう話は一切無くて、ただちょっと音を合わせたいからということで。で、スタジオに行ったらもうメンバーさんが全員いらっしゃって。5曲ぐらい演奏して、僕はすぐ帰ったんですけど、帰った後にまたすぐHIDEさんから連絡がありまして。「皆がちょっと気に入ったみたいだから、ちょっと話して」っていう風に。「Yoshikiととりあえず話してよ」ってHIDEさんから言われたんで、お話しに行きました。そこで初めて、ちょっとこれから海外も含めて色々活動していきたいんだけど、やってくれないかなということで、そこでyesって言いました。 TJ: X Japanの成功の秘密は何でしょうか? HEATH: やっぱり応援してくださるファンの方たちの思いがすごく伝わってくるバンドなんですよ、X Japanって。それにこう、魂を揺さぶられてる感じもします。僕個人的には。それが原動力となって前に進んで行けるという。それが成功…というか、まだまだだとは思うんですけど。まだ海外の方にも出たばっかりなんで。 TJ: X Japanの成功の秘密は何でしょうか? HEATH: やっぱり応援してくださるオーディエンスの方たちの思いがすごく伝わってくるバンドなんですよ、X Japanって。それにこう、魂を揺さぶられてる感じもします。僕個人的には。それが原動力となって前に進んで行けるという。それが成功…というか、まだまだだとは思うんですけど。まだ海外の方にも出たばっかりなんで。 TJ: X Japanのメンバーでよかったと感じるのは? HEATH: そうですね、一番の楽しみはやっぱりすごく個性的なメンバーが揃ってるので、毎回音を出す度にすごい刺激があるんですね。興奮するというか。スタジオでリハーサル中でも、各個人のパートの楽器が鳴り出すとすごく興奮する。 TJ: 一番難しいことは? HEATH: 一番難しいのはスケジュールの調整ですね。 TJ: ご自身の性格について教えてください。静かな方ですか?それともよく話す方ですか? HEATH: 普段は静かな人ですね。お酒を飲むとよくしゃべるんですけど。 TJ: HIDEさんとのご関係は? HEATH: HIDEさんは僕より3つ歳が上なので、やっぱりすごくお兄さん的な存在で。いつも心配して見てくれてるような、心の優しい人ですね。 TJ: Toshiさんについて教えてください。 HEATH: うーん、Toshiさんも年上なので、よく声掛けてくれたりしますね。もう皆優しいです。見た目とは違って(笑)。 TJ: Yoshikiさんの一番良いところは? HEATH: そうだなぁ、一番となるとちょっと難しいのですが、やっぱり尊敬できるアーティストであり、プレイヤーです。Yoshikiさんの叩くドラムの音がすごく好きなんですね。ライブでカウントが鳴った瞬間に全身が包まれるような感じ。それがこう、音となって会場に響き渡る感じがすごく気持ちよくて。そういうのを出せるプレイヤー、アーティストの方は少ないと思うので、すごく尊敬できる。 TJ: PATAさんについてはいかがですか? HEATH: PATAさんも優しいです。PATAさんも同じくギターサウンドがすごく個性的で。ライブの時は隣がPATAさんだから、僕が一番近くで演奏することになるんですけど、あのレスポールとマーシャルアンプから出されるギターサウンドがすごく気持ちよくてね。あれはまたPATAさんにしか出せない音なんだなぁと思います。 TJ: […]
X Japan Rocks New York – PATA

X Japanの不動のギタリスト ロックに生きる真のロッカー TJ: 音楽を始めたきっかけについて教えてください。 PATA: 中学生の時、妹がアコースティック・ギターを持ってたんですよ。それでテレビとかでチープ・トリックとかを見てちょっとギター弾いてみたいなーと思って。それで触ったのが初めてかな。 TJ: 譜面を読む勉強をされましたか? PATA: はい。楽譜や本を見てよく練習しました。 TJ: 譜面を読むのは得意ですか? PATA: いや(笑)。 TJ: 初めてバンドに参加したのはいつですか? PATA: 16歳の時、高校の友達と一緒に始めたのかな?Head Rockか、Black Roseっていう名前のバンドだったかな。ちょっと忘れちゃった。ギターでした。アイアン・メイデン、ラウドネス、ジューダス・プリーストのカバーを2年ほどやってました。その後、オリジナルの曲をやるバンドをやったかな。そこでドラマーが抜けてしまって、でYoshikiに会うわけです。それが1985年。19か20歳の頃でした。YoshikiとToshiはXをやっていて、でもXはメンバーがToshiしかいなかった。Yoshikiは3週間くらいうちのサポートをしてくれていて、それで知ってました。で、Xがギタリストが抜けてしまってメンバーを探していたと。ある年のお正月ぐらいにYoshikiから電話がかかってきて、ギターを弾いてくれって言われたんですよ。そこからなんか知らないけどずるずるといますね。それが始まり。 TJ: X Japanのどんなところが特別ですか? PATA: メンバーだからわからない。だってね、中にいるからわかんないよ。 TJ: ToshiさんとYoshikiさんについて教えてください。 PATA: Toshiは歌うまいよね。Yoshikiは、何だろう、あのドラムには持ってかれます。そこに尽きるんじゃないかな、もう。エネルギーの塊みたいな奴だから。最初に昔やってたバンドに入ってくれって言ったことがあるんですよ。だけど、逆にXに入ることになっちゃった、みたいな。 TJ: HEATHさんについてはいかがですか? PATA: HEATHは途中から入って、頑張ってくれてるよね。とても寡黙と言えば寡黙。割とおとなしいかな。あまりしゃべらない方だけど、フレンドリーな人ですよ。 TJ: Yoshikiさんから、PATAさんはお酒を飲むとよくしゃべると伺ったのですが。 PATA: その通り。今度はぜひお酒を飲みながら。その方が楽だ。 TJ: SUGIZOさんについて教えてください。 PATA: SUGIZOはLUNA SEAやってる頃から知ってる。一緒にギターを弾いたのはXで初めてかな。バンドで一番気を使ってくれる人かな。 TJ: SUGIZOさんとPATAさんはよくライブの後一緒に飲みに行かれるそうですね。SUGIZOさんがお二人は昔ながらのロッカーで、ライブの後には飲みに行かないと気が済まないとおっしゃっていましたが。 PATA: うん、セットだからね。ライブとお酒。 TJ: デリケートな質問ですが、亡くなられたHIDEさんとTAIJIさんとの良い思い出について教えてください。 PATA: 一番良いのはやっぱり一緒にステージに立ってられたことかな?まぁあとは一緒に飲んでたぐらいかなぁ。 TJ: マディソン・スクエア・ガーデンはいかがでしたか? PATA: […]
X Japan Rocks New York – SUGIZO

衝撃のギター&バイオリンSUGIZO その胸中をストレートに語る TJ: マディソン・スクエア・ガーデンはいかがでしたか? SUGIZO: 最高でした。名誉ある場所で、ベストを尽くしました。世界各地から来たファンの皆からの熱い思いを感じました。ライブの間中、結束感がありました。僕にとってはそれが一番大切で、すごく嬉しかったです。僕のギタープレイはベストではありませんでしたが、あの情熱は最高でした。X Japanのファンの皆が本当に大好きです。素敵な人たちです。 TJ: なぜギタープレイはベストではなかったと感じられたのですか? SUGIZO: わかりません。いつももっと良くなるだろうと思っていますし、ミュージシャンとして成長して、もっと良くしたいと思っています。 TJ: 9月の横浜でのライブと10月のマディソン・スクエア・ガーデンでのライブはどう違いましたか? SUGIZO: スタッフはほとんど一緒でしたが、ステージが違いました。マディソン・スクエア・ガーデンのステージは本当に小さいんです。東京ドームや横浜アリーナの方がずっと大きいです。そこが大きなチャレンジでした。でも、第一印象は「マディソン・スクエア・ガーデンってそんなに大きくないんだ。オッケー、オッケー。わかった」という感じで、リラックスすることができました。 TJ: ファンの皆さんはどうでしたか? SUGIZO: 最高でしたよ、もちろん。いろんな人種の人が来てくれていて、素晴らしい光景でした。彼らの気持ちや情熱が、本当に素晴らしかったです。いつでもまた皆のために演奏したいです。 TJ: ギターもバイオリンも素晴らしい演奏ですね。バイオリンはどこで習得されたのですか? SUGIZO: 両親がオーケストラの団員で、音楽教育にすごく熱心だったんです。バイオリンを始めた時はまだ3歳だったので、初めて弾いた時のことは覚えていませんが、両親の思い入れが強すぎて負担でした。小さい頃はバイオリンを弾くのが嫌いだったし、音楽も嫌いでした。 TJ: ご両親はお二人とも東京都交響楽団の団員だったのですよね。 SUGIZO: はい。それで子どもの頃、強制的にバイオリンを習わされました。子供の気持ちなんて考えてなかったのだと思います。ただプロの音楽家になってほしかったんです。 TJ: 英語はどうやって勉強されましたか? SUGIZO: 英語は得意ではないんです。娘に毎日笑われています。この子が娘の瑠奈です。カリフォルニアに住んでいます。 TJ: 初めまして。アメリカには長く住んでおられるのですか? LUNA: はい。ずっとこっちに住んでいます。 TJ: 娘さんには幼い頃から音楽を教えられましたか? SUGIZO: いえ。本人がやりたいのなら、もちろん何でも喜んで教えてやろうと思います。今は歌をやりたいようです。歌とダンスが好きみたいです。聞いてみてはいるのですが、どうなんでしょうね。今は18歳で、難しい年頃です。娘が望むなら心から応援しますが、本人次第ですね。 TJ: アメリカに住んだことは? SUGIZO: ありません。ロンドンには、初のソロプロジェクトのレコーディングで1年ほど住んだことがあります。ロンドンにはたくさん友人がいたし、現地の文化やミュージック・シーンなど、丸ごと楽しみました。ドラムとベースの層が厚いんです。イギリスのテクノやヒップホップは素晴らしいと思いました。僕のギターの師匠である土屋昌巳氏と、僕の親友で、日本でベースをやっていたミック・カーン氏と遊んだりしました。ミックは数年前に亡くなったのですが。 TJ: X Japanとの出会いは? SUGIZO: LUNA SEAがインディーズ・ロックで有名な目黒でライブをしていた頃、X Japanはすでに日本では大スターでしたが、僕たちが演奏していた小さなライブハウス「目黒鹿鳴館」でもライブをしていました。最初にHIDEさんと会ったのは1990年、僕は20歳くらいで目黒のパブだったと思います。X Japan の中ではHIDEさんと最初に知り合いました。音楽について語り合い、親しくなりました。 TJ: HIDEさんとは親しかったのですか? […]
X Japan Rocks New York – Toshi

心に響くボーカル Toshi 苦難の12年を乗り越え、再びステージに TJ: YoshikiさんとX Japanを結成された経緯を教えてください。 TOSHI: 彼とは45年前、まだ3歳か4歳だった頃に、幼稚園で出会いました。10歳の時に初めて一緒に演奏しました。その年、Yoshikiは彼のお母さんと弟と一緒にKISSのコンサートを観に行きました。僕たちは同じクラスで、僕はKISSの大ファンだったので、コンサートはどうだったかと聞きました。その年齢でロックの話をしている人なんて他にいなかったので、彼とはすぐ親しくなりました。当時僕はアコースティック・ギターは弾けたんですが、エレクトリック・ギターも演奏したいと思っていました。Yoshikiはエレクトリック・ギターとドラムセットを持っていたので、彼の家で、Yoshikiがドラムで僕がギターで、KISSのカバーをしたりしていました。まだバンドではありませんでしたが、それが僕たちが音楽を始めたきっかけです。 TJ: バンドはいつ始めたのですか?TOSHI: 僕たちは幼稚園、小学校、中学校と同じでした。12歳か13歳の時に、何人かのクラスメートの中からギタリストやベーシストを見つけて、それで「3年生を送る会」っていうのがあって、その時に、ロックのコンサートをやりましょうということで初めてのステージに上がりました。 TJ: 初めからボーカルだったのですか? TOSHI: 当時僕はギターを弾いていて、友達がボーカルでした。大きな中学校が2つに分かれ、僕たちは新設校に行くことになりましたが、ボーカリストは元の中学校に留まることになりました。ボーカリストがいなくなってしまったので、誰がボーカリストやる?ってことになって、Yoshikiが歌ったり僕が歌ったりして、バンド内でオーディションをやって、当然Yoshikiより僕が上手かったので、とりあえず僕がボーカルやってみようということになりました(笑)。 TJ: 英語はどのように勉強されたのですか?TOSHI: ロサンゼルスには93年から97年までの3年間住んでいたので、その時少し勉強しました。レコーディングの時に発音の先生に教わりました。僕の先生はラリー・モス氏でした。彼は多くの有名俳優や女優に指導していて、Yoshikiも彼から教わりました。すごくいい先生です。 TJ: プロのボーカリストとして一番大変なことは何ですか? TOSHI: やっぱり声の状態を保つこと。いつでもベストパフォーマンスができるように、体を整える、心を整えることが一番大切なことです。毎朝、納豆と玉ねぎをくちゃくちゃと回して食べています。そして、オーガニックのりんごと人参の生ジュースをスロージューサーで作って飲んでいます。体の抵抗力を養い体の良い状態を保つのにいいと思って毎日それを1年以上続けてきました。前に体の調子を崩して、ちょっと精神的にも肉体的にも大変辛い時期がありました。だけども、やっぱり食生活を見直したらすごく体もシェイプされて、元気になりました。今体調もすごくいいですし、最近は茶道を始めました。精神をすごく集中したり、茶道を勉強することで、日本の文化とか歴史、作法を同時に学んでいます。忙しいのでたまにしかできないんですけど、茶道をしている時が僕にとってはすごく精神のプラスになっています。 TJ: 去年は良い年でしたか? TOSHI: そうですね。個人的には、「洗脳」という自伝を書きました。自分の過去をさらけ出すことで、自分の心にあったいろんなものがとてもクリアになって、何かけじめがついて、やっと新しい自分を踏み出すことができた。ファンの方や世間の方々に伝えることで、いろんなことがクリアになって、今後の自分の人生の道が見えてきました。だから今はすごくいい状態です。 TJ: ソロとしてはいかがですか? TOSHI: ちょうどおとといまで、ファンイベントをやっていました。3日間。本を書いたことで、今いろんなテレビに出演したり、去年は日本で大きなニュースになったりしました。年末の特別番組の取材を受けたり、テレビのインタビューを受けたり、あるいはバラエティの番組にも出たりして、自分の活動の幅も広がってきました。ロックのコンサートもソロでやりましたし、クラシカルな会場でのコンサートもやりました。本を出したことで、すごくアクティブに自分の活動の幅がぐっと広がってきたし、自分の中から躍動感が出てきたので、今年はもちろんX Japanも新しくスタートすると思いますけど、僕自身もソロのプロジェクトを躍動感を持って進めていきたいと思います。 TJ: X Japanのメンバーでよかったと感じるのは? TOSHI: X Japanは本当にもう長い間、それこそYoshikiと2人で作ってきて、いろんな困難やいろんなことがあって、そして今がありますよね。日本にたくさんのファンがいてくれるんですけど、長年一緒に育ってきたというか、長年一緒に歳を取ってきて、どんな時も熱狂的に応援してきてくれた。そんな不思議な感じなんですね。そういう感動がある。ファンの人の素晴らしさと、メンバーのそういう、一生懸命さ、真面目さっていうか。そういうところが大好きです。 TJ: 昔のX Japanと今のX Japanは何が違いますか? TOSHI: 最初は、やっぱり若かったから、なんかともかくもう突き進んでた。パワーで押し切ってた。今はそこから20年、30年経ってそれぞれが大人になった部分はあります。でも、そういう気持ちとか、気合いとかは今の方がもっと強くなっていると思いますね。 TJ: X Japanのメンバーとして一番難しいことは何ですか? TOSHI: Yoshikiが作ってくる楽曲、あるいはメンバーが作ってくる楽曲を、そのアートを作り上げるために僕の歌声を整えて、そのリクエストに負けないように出していくことです。 TJ: ギタリストのPATAさんについて教えてください。 TOSHI: 何て言うか、PATAを見るとどんな場面でもなごみます。ほっとします。かけがえのない、X Japanのほっとする場所というか。一番面白いですね、PATAは。 TJ: […]
X Japan Rocks New York – Yoshiki

【メンバー個別インタビュー日本語版全文】 X Japanの伝説的ドラマー・ピアニスト Yoshiki X Japanとして、またソロで世界へ TJ: YoshikiクラシカルコンサートとX Japanとして演奏するのは何が違いますか? YOSHIKI: 僕にとっては同じです。どちらでも、自分が持っているものを出し切ります。X Japan では、演出が大規模で、僕にはドラマー、ピアニスト、プロデューサーという3つの顔があります。クラシカルで演奏している時は、自分自身をプロデュースして、よりアーティストであることに専念しています。クラシックは僕にとってはバランスをとるための趣味みたいなものなんです。僕にはソフトな面とアグレッシブな面の両方があって、どちらも好きです。それから、クラシカルコンサートでは、お客さんと近いのが良いですね。コンサート中に、お客さんと話したりできます。昔のことや、今の気持ちを話したり、どんな曲が聴きたいかを聞いたりもできます。家のリビングに一緒に座っているようなものです。でもX Japanのライブでは、僕にできることと言えば、「声聞こえねえんだよ!もっと叫べよ!」と叫ぶことくらいです。 TJ: 今回のように各国を回るとき、その街で訪れたいレストランや場所を選んだりしますか? YOSHIKI: クラシカルツアーの間は、空いた時間は全て練習や準備、作曲をしていました。現地の空港や、ファン、コンサートホールを実際に目にすると気分は盛り上がりますが、全てをコンサートに注ぎ込むよう集中します。観光はほとんどしていないので、次はもっとできるといいですね。 TJ: クラシカルツアーの間、1か所の滞在期間は1、2日だったそうですね。リハーサルの時間はほとんどなかったのでは? YOSHIKI: 丸1日滞在することもありましたが、数時間しかいなかったこともありました。状況次第です。東京ドームでX Japanのライブをした時は、広い楽屋があり、準備のための広いスペースがありました。でも、ワールドツアーでは荷物が衣装部屋に入りきらず、通路で着替えざるをえなかったこともあります。それでも最高のコンサートができたと思います。 TJ: メキシコの空港から出てこられる映像を拝見しました。通路はファンでいっぱいで車まで警察にエスコートされたりと、大ごとになっていたようですが、実際はいかがでしたか。 YOSHIKI: 嬉しかったです。最後にX Japanのライブでメキシコに行った時、たくさんのファンが空港に来てくれました。あまりに数が多くてすごいことになっていました。警察がメインロビーから出させてくれず、非常口から出たので、ファンの皆さんに会えませんでした。今回は皆さんがソーシャルメディアで静かにしているよう呼びかけてくれたのか、僕らが皆さんの前に姿を現すまで、すごく静かでした。X Japanとして行った時はファンの出迎えに応えられなかったので、嬉しかったですね。 TJ: X Japanの活動から離れる期間が長くなると、どんなことを一番物足りなく感じますか? YOSHIKI: いろんなドラマですね。X Japanは良い意味でも悪い意味でも、たくさんのドラマがあります。クラシカルツアーはX Japanのツアーに比べるとすごくスムーズでした。大変なこともありましたが、X Japanと比べたら何でもありません。X Japanに起きるドラマは、普通とは違います。猛スピードの車に乗っているようなものです。危険どころでなく、全てが常にドラマなんです。 TJ: マディソン・スクエア・ガーデンでのライブで一番大変だったことは? YOSHIKI: 3時間で全部終わらせなければいけなかったことです。延長料金は安くはないので。時間を計算して、ストップウォッチを見ていました。 TJ: マディソン・スクエア・ガーデンのライブでは、資材の運び込みに10台以上の大型トレイラーなどを使われたそうですね。 YOSHIKI:ドラム用特設ステージなどステージを丸ごと持ち込みましたから。 TJ: X Japanをまとめる上で一番難しいことは? YOSHIKI: メンバーはそれぞれ個性的ですが、皆優しいです。気難しい人たちではないので、そんなに大変じゃないです。世界一優しい人たちです。 TJ: それぞれのメンバーの性格について教えてください。 YOSHIKI: Toshiとは幼なじみで、4歳の時から知っています。とても頭が良いんです。いろんな問題もありましたが、僕が今まで出会った人の中でもトップクラスの頭の良さです。ボーカリストとしても素晴らしい。もともとギターを担当していましたが、ある時僕が歌ってみてと言ったら、すごく良い声だったので、ボーカルになりました。幼稚園で出会ったなんて、すごい偶然ですよね。僕たち2人でX […]